労働を「苦行」化させる人

仕事の話
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たまにはネガティブな内容でも書こうか。

近年、仕事に対して意欲的ではない人が増えた。

直近であれば、

このようなツイートが話題となっており、かなりの賛同者が見られたが、実際のところ、人は基本的に仕事から逃げることはできん。

なぜならたくさんの人が働くことで、社会が成り立っているからだ。

働く人がいなければあらゆるお店がなくなるので、外食もできないし、家だって建てることができなくなるから、住むところもなくなる。

みんな大好きスマートフォンだって作れなくなってしまう。

まぁ当たり前の話だ。

このツイート主は自分だけは労働から免れたいと考えているのか、はたまた自分に合わない仕事に8時間も割くのがアホらしいと思っているのか。

いずれにしても真面目に働いている勤め人から見ると、関わりたくない人種であろう。

自ら苦行を生み出す人たち

勤労は国民の義務だ・・・なんて話をするつもりは毛頭ないが、仕事が苦行でしかないと考える人は、この先の人生は基本辛いことばかりになる。

年金が65歳まで受給できない以上、よほど財を築くのが上手い人を除いて40年程度は働かなければならん。

その40年のうち、毎週6日間(または週40時間)は、働かなければならないわけで、その時間を辛いものとして扱うのはあまりにも長い。長すぎる。

・・・にもかかわらず、仕事を苦行として認識するのは圧倒的にコスパが悪いのだ。

「労働時間が長すぎる」と世に訴えること自体は善でも悪でもない。

だが、仕事自体を悪と捉えている人は、週の労働時間が30時間になったところで、同じことを叫ぶだろう。「仕事の時間が長すぎる」と。

「雇われ仕事」に幻想を描いても、待っているのは自分の想いとかけ離れた辛い現実だけだ。

労働をどう受け止めるか

仕事を苦行と捉えている人間がいる一方で、仕事を楽しそうにしている人間も存在する。

こういった人たちは、仕事に対して「楽しさ」「やりがい」「意義」を持たせるのは「自分自身」という認識が持てている。

社畜と紙一重な状態ではあるが、少なくとも、こう言った認識を持つことは、仕事を苦行化させないために必ず必要になる。

自営業や悪質なブラック企業に運悪く就職してしまった場合を除いて、あらゆる仕事は、「雇われ」として働く。

雇われている以上、仕事内容は雇い主の意向に沿ったものとなる。これはあらゆる業種で同じだ。

自分のやりたいことをやるわけではないのだから、単純に考えれば仕事が楽しいと思えるはずもない。

「自分に合う仕事探し」ほど無意味なものはない

「今の仕事は、自分に合わない仕事だから苦しい」と考えている労働者は意外と多い。

比較的若年層に多い傾向ではあるが、中堅以上となっても、考えが変わらない人もいる。

「自分に合う仕事」というものが世の中に全く存在しないということはないだろうが、そこにたどり着ける保証などどこにもない。

そんな物を探していたら気づいたときには定年を迎えることになるだろう。

まとめ

社会人として何年何十年と働いても「仕事が苦行」としか受け止められないような人は、おそらく一生そのままだ。

新社会人として働いて間もない若い子が、こうした課題について悩むのは全然問題ない。俺もそうだった。

だが、その壁にぶち当たった時に、ただただ思考停止で逃げるのか、能動的に対処するのか・・・それが人生の境目になる。

働くということは、何も雇われることが全てではない。自営業者になる道だってある。

冒頭のツイートの主が、今後どのように考えが変わっていくのか、はたまた奈落に堕ちていくのか。

非常に興味深いと俺は思っている。

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